2003年5月31日土曜日

ゆとり。

案の定、肩と腕が、筋肉痛に。
にもかかわらず、また、バイト帰りに、大きな紙袋を抱えて、渋谷の街をさまよっていました。

ドレッサーが、なんとかそれらしく。
まだまだ収納が足りないけど。
出窓の縁に、タイルを貼ってみた。
ピーチトゥリーを飲みながらだったから、かなり手作り感溢れる仕上がりに。
愛嬌x2。

・・・模様替え日記ではありません、念のため。

気持ちにゆとりができたからか、少し優しくなってる自分を感じました。

2003年5月30日金曜日

サヨナラ・レッド。

暑いあつい。
地下鉄の駅を出て、横断歩道の白の眩しさに、くらっとした。

私、見た目はひ弱に見えるらしい。
風邪はすぐひくし、力なんて出ないし、食事の量も少ない。
って、イメージがあるようですが。
実は、腕力があるのですよ。
ということで、頭の中はインテリアのことでいっぱいで、バイト後、メタル・ラックを買って帰ってきました。
ドレッサーにするために。
たぶん、10kg以上。
フラフラしながらも、電車乗り継いで、ちゃんと、家まで持ち帰り。
家具の半数以上が、メタルになっちゃったけど、ナチュラルを目指せるのでしょうか。

部屋の中の赤を、少しずつだけど、なくしていこうと。
今日は、イチゴの飾りと、イチゴのポスターと、壁に貼っていた文字に、さよなら。

さよなら記念に、写真を。
約4年間過ごした赤の世界から、脱皮します。

2003年5月29日木曜日

ひとつずつ。

先週「ヒューの新しい映画が観たいんだよね~」と友達に言ったら、「私はサンドラ・ブロックのが観たい」と言われて。
なんだ~同じ映画じゃん!とゆうことで、レディースデイの今日、一緒に観てきました。
『トゥー・ウィークス・ノーティス』
ヒューが最高にかっこよくて、サンドラ・ブロックに感情移入して、2人で泣いていて。
どんな結末になるのか、見えているけれど、それでも爽やかな後味で、ステキでした。

その後、明日が面接の友達とは駅でバイバイして。

説明会を終えて漫画喫茶にこもっている、仕事サボってる営業マンのような友達に、一般常識の問題集をあげに行って。

プラプラと駅を離れて、古着屋さんや雑貨屋さんを見ていると、学校終えた友達から℡。
そのまま9時頃まで、お茶。
インテリアの話で、盛り上がり。
私、就活が終ったら、部屋を模様替えしようと思っていて。
今のテーマカラーは、赤。

それを、思いっきり、変えたい。
ナチュラルに。
観葉植物、いっぱい買おう。
楽しみx2♪

2003年5月28日水曜日

chance.

一気に気が抜けて。
寝坊はするし、授業はサボるし(笑)
午後からのバイトで、「困ったー今日中に終らせなければ」と、明らかに大きい独り言を繰り返すおじさんを無視するわけにもいかず、3時間も残業して、会社を出たのが9時。
(集中して終らそうとしている私の隣りで、おじさんは夕食のカップ麺を食べてた)

昨日、内定の記念に、オー・ド・トワレを買いました。

欲しかった、シャネルの『チャンス』
(ついでに限定ネイルも、買っちゃった)
すごくステキな香りで。
いろんな表情があって。
ふわっとしたり、きゅんってしたり。
自分でつかんだチャンス、の気持ちを忘れないように。

お風呂入ってから、ネイルを塗って、チャンスに包まれながら、寝よう。

2003年5月27日火曜日

祝☆


ミニ寿司。
お寿司を食べに行ったら、板前さんがサービスで作ってくれました。感激☆

無事、来年から社会人になれることが、決まりました!嬉し~。

いっぱい泣いたし、いっぱい凹んだし、いっぱい転んだし、いっぱい起き上がったし、それでもまた転んだし、いっぱい迷子になった。
いっぱい友達の愛に触れたし、いっぱい家族の愛を知ったし、いっぱいポポプーに癒された。
ありがと。
ありがと。

友達が、たくさん「おめでとう」「良かったね」って言ってくれて。
自分のことのように、喜んでくれて。
メールで報告したら、即座に電話をくれた友達。
その気持ちが嬉しくて、話しながら、朝のホームで泣いてたのだよ、私。

来年から、美容部員になるのです。
ビューティーカウンセラー。通称BC。
化粧品に囲まれて過ごせるなんて、幸せ。
たくさんの人をキレイにしてあげられるなんて、幸せ。
ニキビなんて、すぐに治します。

おつかれさま、私。

2003年5月26日月曜日

夢。

今、メールチェックをしたら、イギリスにいる父から、メールが。
ローマ字で綴られた、心配と励ましの言葉。
こんな娘を、想ってくれている。
読みながら、ポロポロ涙が出てきました。
そこまで弱っているのか、素直になっているのか。
どちらにしても、涙。

-夢に向かうことが、一番大事だと思います。-
という言葉で、締めくくられていて。
やりたい仕事、とか、なりたい将来像、ばかりを考えていた、最近の私。
やりたい仕事、と、夢って、イコールじゃなかったはずなのに。
いつのまにか、就職の先が、夢だと勘違いしていて。

夢は、やっぱり、テディベアのこと。

単純なことだけど、忘れていた。
やりたい仕事をやりながら、夢に真っ直ぐなヒトになりたい。

待ちわび。

1時過ぎにはベッドに入ったのだけど、胃が痛くて、眠れません。
ただいま2時半。
弱い私。

出かける気持ちには、到底なれずに。
「夕食は、お寿司でも食べに行かない?」という、母親の誘いも断って。
何かしなければと思い立ち、卒論の資料を訳し始めたり。
普段は流れで訳せるはずが、今日に限って「このqueは、何のque?なんで後ろに動詞を伴ってるの??」なんて、小さなことにひっかかって、気付けば“que”と2時間格闘。
結局、結論は出なかった。(明日教授に聞こう)
時間を無駄に過ごす、とは、こうゆう日のことを言うのだと実感しながら。

このまま、朝を迎えてしまうのでしょうか。

2003年5月24日土曜日

映画日和。

今日、届くと信じていたのに、届きませんでした。結果。
生きた心地がしません。
明日は日曜で郵便屋さんはお休みだから、また月曜まで何も手につかない状態が続きます。
はぁ~ニキビも、悪化。

そんな感じで、何度もポストを覗いてばかり。
『運動靴と赤い金魚』と『勝手にしやがれ』のビデオをレンタルしてきて、観た。
『運動靴と~』は、公開されていた頃に、観たい観たいと思いつつ、観そびれていたモノ。
今、上映されているジッド・マジディ監督の作品が観たくて、それならば、先にこちらを観ておこう、と。
映画としての質というより、子役の感情表現の質が、最上級だった。
『勝手にしやがれ』は、卒業までに、名作と言われるフランス映画を全部観ておこう、と思って。
ジーン・セバーグが、惚れるくらいキュートで、キレイで、オシャレで。
けれどジャン=ポール・ベルモンドが、生理的に受け付けない顔でした。。。残念。

名前ではなく、君、と呼ばれた文字に、ちょっと敗北感。

ニキビ。

ストレスからか、恐ろしく痛いニキビが。
ハイシービーメイトも、ビタミンEも、カルシウムも、鉄分も、ローズヒップティーも、飲んでいるのに。
このニキビのせいで、落ちるんじゃないか、嫌われるのじゃないか、笑われるのじゃないか、なんて、考えがどんどんネガティブに。
待ってる時間は、好きじゃありません。
けれど、小心者の私は、結果が永遠に来なければいいのに、なんてちらりと思ったり。
願ったところで、確実に、明日結果が配達されるはずです。

ランニングマシーンで、ただただ無心に、足を動かす。
時速8.5kmで、規則正しく。
心の静寂は、いつ、訪れるのでしょう。
瞼の裏に、昨日見せてもらった、異国の空の色を思い浮かべようとしても、私の色彩が重ねられてしまう。

すべてはニキビのせいにして、今宵の自己反省は、なしにしよう。

2003年5月23日金曜日

虚無感。

初夏のような陽気の、表参道。
ひんやりした薄暗いカフェの中で、ヨーロッパの造りモノみたいな空たちの写真を、テーブルに並べて。
一つ一つの言葉を、脳裏に焼き付けようと、一語一句忘れてはいけないような気にさえなりながら、真剣に耳を傾ける私がいました。

すごい幸福を感じた後に、虚無感に侵食されてしまう。
幸福の、定義付けさえ、疑ってしまうように。
“幸福な私”を大事にするあまり、むくむく湧きあがる不安を、強がりで隠していました。
言葉にしてしまったら、きっと崩れてしまうとわかっていたから。
認めてしまったら、この先どうすればいいか、途方に暮れるとわかっていたから。

「わかっているのだけど」

「どうしようもないのだけど」

「どうにかしたいのだけど」
を、いやと言うほどループさせたメールを、地下鉄の中で友達へ打って。
家に着いて、ローズヒップティーを飲みながら、ホッと溜め息をついたら、ぽろぽろ涙がこぼれました。
むなしさに、心を蝕まれそうです。

2003年5月22日木曜日

割り切る。

イライラして、ムカムカして。
噴出す寸前で、飲み込んだ。
えらいなぁ、私。

注文していたバッグが出来上がって、ムカムカしたまま手にしても、まだ、すっきりせずに。
こうゆうときは、やっぱり、化粧品コーナーへ行くしかないでしょ。

5分後、ポール&ジョーの、おそろしくかわゆいケースのあぶら取り紙を買って、すっかりゴキゲンになってる私がいました。
単純。
イライラの対象を認めることは、けしてできないけれど、割り切っていくしかないのでしょう。
成長スル、って、そうゆうことも、きっと大事。

2003年5月21日水曜日

雨。

雷の音に、いちいち反応してしまう体。
どしゃぶりの中、バイト先を出て(午前中はちゃんと授業受けて)、必死に駅へ向かう途中。

折りたたみ傘が、壊れました。

骨が一本、ポキっと折れてしまって。
あ、そうだ、駅前に、傘屋さんがあった。と思って、頑張ってそこまで折れた傘を差して。
店の中へ入って、気に入った傘、発見。(pierre cardinのモノ)
・・・今日のバイト代が、飛んでいってしまいます。
それじゃあ本末転倒じゃん!と(ちょっと違うか)、思い直して、折れた傘を無理やり閉じて地下鉄に乗り、再び無理やり開いて、帰ってきました。
パンプスの中も、ぐちょぐちょ。

見たくないモノを、見ないようにと避けるのではなく、最初から気付かない人間になりたかった。
もっと、鈍感でいたかった。
大切なモノは、鮮明に捉えることはできないのに。
ちょっとした仕草に落ち込んだり、ちょっとした一言で相手の痛みを知ってしまったり。
慰める、ということが、とことん苦手で、いつも空回る。
それならば、最初から、気付かないでいられたら、もう少し楽に生きられたかもしれない。
見てしまったモノを、見てないように振舞えるほど、器用でいられたら、もう少し、優しい人間でいられたかもしれない。
私の中の傘も、きっと骨が折れていて、降りしきるモノを受け止めることに、必要以上の力を使ってしまっているのでしょう。

雨が、窓の外の世界と、この部屋を、断絶しているようです。

2003年5月20日火曜日

ありがとう。

言語学概論の授業。
“思い”のように、不定形のモノを、言葉で表すのは難しい、という話で。
「友達や、両親、誰にでもいいから“ありがとう”の気持ちを伝える手紙を書いてください」
と、レポート用紙が配られて。
制限時間20分。
ある友達への手紙にしようと決めて、書き始めたら、書きながら私のドライアイが湿ってきました。

いろいろなありがとうが、どんどん出てきて。
気持ちと言葉が、上手にイコールにならないけれど、伝えたい気持ちは、飽和状態。
その子の支えなしには、成り立っていない自分を実感。
ありきたりだけど、やっぱり、“ありがとう”が、一番しっくりくるのかも。

普段から、「すいません」じゃなくて、「ありがとう」と言うように心掛けています。
「ごめんね」よりも「ありがとう」と言われる人間になりたいです。

2003年5月18日日曜日

ゴールデン・デイ。

美容院
  ↓
化粧品カウンター

私にとって、ゴールデンなコース。
まぁ諭吉さんが3人くらいいなくなったって、気持ちがこんなに高揚しているんだから、いいじゃないか。うんうん。
貼り付けていた笑顔が、ほんとの笑顔になった。
誰かを、呼び出したくなるくらい。

キレイなモノ。
ステキな空気。
向上心のあるヒト。

触れることで、どんどん、吸収していけたら。
こうゆう日は、“どうせ”なんて言葉は、使わないでおこう。
鏡の中に映る私を、誰かと比較したりせずに、おだててあげよう。

もう一言。

今、たった今、下の↓日記を書いて、『SUBMIT』ボタンを押して、ちゃんと表示されたのを確認した瞬間。
頭に浮んだ。

か い か ぶ っ て た の か も し れ な い

つまりは、きっとそうゆうことだと納得しかけて、続けざまに、頭に浮んだ。

か い か ぶ ら れ て た の か も し れ な い

つまりは、どちらもきっと、そうなのです。
現実なんて、ほんとは小さなモノで、私なんて、ほんとに小さな人間で。
受けている感覚や、感情は、与えられたモノではなくて、自分が与えている解釈なだけ。
知らない範囲は、勝手に都合の良いように、“良いモノ”で補っていただけ。
補われていただけ。
それと、現実の区別もできずに。

かいかぶる、って、便利な言葉。

境界線。

またもや、境界線に悩まされています。

境界線ギリギリのところに、立ってしまったとき。
その境界線に気付いて、後ずさる私がいて。
その境界線を、もっと向こうへと押しやって、範囲を広げる私がいて。
その基準はどこにあるのか、なんとなくわかっているのだけれど、どっちにしても、境界線を越えることは、しないようで。

それと、これとは、違う。
あれと、それも、違う。
あの人と、その人も、違う。
あなたと、私も違う。

それは、たくさんの境界線で囲まれた、自ら定めた範囲の中に、いるからです。

2003年5月17日土曜日

くぎづけ。

全力、全開。
悔いなし、です。
結果は、気楽に待ちましょう。
喜びを期待しつつ、対処法も用意しつつ。

最終選考を終えて、友達に電話して、同じように面接終えて新宿でカラオケしてるところに合流。
スーツ姿の3人で、気合入れて歌って。
(何故か洋楽を歌うと、声量が2倍になる私)

喫茶店で、一般常識問題の出し合い。
時事問題、芸能問題、国語、社会、などなど。
国語がとことん苦手なMくんは、漢字も書けなければ、熟語もことわざも知らなくて。

まこと「溺れる者は?」

Mくん「藁をもつかむ」

まこと「三寸の虫にも?」

Mくん「五分の魂」

まこと「ぬかに?」

Mくん「…くぎづけ」

…近いようで、全然違うよ。

2003年5月15日木曜日

雨の日。

雨の日に、トレンチコートなんて、着るんじゃなかった。
(ライダースにすれば良かった)

雨の日に、髪なんて、おろすんじゃなかった。
(アップにすれば良かった)

雨の日に、ドライビングシューズなんて、履くんじゃなかった。
まさか、滑るだなんて。

朝から後悔ばかりだけど、今日も一日、がんばろう。
もうすぐ乗り換え駅です。

2003年5月14日水曜日

ストリーム。

間近に控えた、幸せな予定。
手帳に書き込む手さえも、その一文字一文字さえも、愛しく思えるくらい。

ちょっとした出来事に、マイナスな解釈を加えて。
事実を確認することさえ、怯えてできずに。
浮んでしまう光景に、落ち込んでいる私がいたのだけれど。
やっぱり、解釈が間違っていたのかも。
うんうん、そうゆうことに、しておこう。

幸せなときは、浸れるだけ、浸っておこう。
悲しいときは、いやでも悲しみに浸ってしまうのだから。
感情の抑制はできても、溜めることはできなくて。
それならば、その瞬間・瞬間に流れる感情を、味わえるだけ、味わいましょう。

2003年5月13日火曜日

眠い。

一睡もできないまま、朝を迎えて。
頭、くらくら。
肩、ばりばり。
メイク、ばっちり。

午前中、筆記試験を終えて。
ラクーアの、果てしなくうねるジェットコースターの線路を見上げながら、地下鉄に乗り込んで。
ランチを食べる時間もないまま、10分遅刻でゼミの教室を開けると。
真中に集まっているみんな。
その中心には、チーズとクラッカー。

毎週、ゼミの最初にフランスのCMをディクテするのだけれど、先々週がチーズのCMで。
「食べたーい!」と騒いだ、食いしん坊な娘たちのために、教授が買ってきてくれたのでした。
ステキ。
おかげで、お腹は救われました。

眠い眠いと言いながら、面接へ向かう友達の自己PRにダメ出ししたり、ウェブ・テストを受ける友達をパソコン室で手伝ったり。
お好み焼きを食べたいと閃いて、デザートにあんみつご馳走してもらったり。
成長するにしたがって、眠さに勝るものが、増えてきている気がします。
定められた中での、最大限。

2003年5月11日日曜日

追われ中。

午後、嬉しいことがあって、気分も高まって、うきうきしながらジムへ行こうとしたら、友達から電話が。

「ゼミのレポート、やった?」

・・・忘れてた(涙)
それからずっと、机に向かっているのだけれど、もーう全然進まない…。
まだ、レポートを書き始める段階にも達していなくて。
資料の訳と分析が、8分の1くらいしか終ってない…。
泣きそうです。

なんとしてでも明日は出かけたいので、まだまだこれから頑張ります。
夜食用に、ピザもあることだし。

2003年5月10日土曜日

ニンゲン・カンケイ。

ヒトとの関係って、難しい。

なんでよりによって、こうも立て続けに、悩まされているのでしょう。
自分が選択したモノでないという前提だから、余計に心労。
悩みの相手が友達だったり、大切なヒトとであったなら、まだ、自分の中にも正へ向かうエナジーがあるだろうに。

苦手なヒト、とゆうか、関わりたくないヒト、って誰にでもいると思うのだけど。
そうゆうヒトにどう接するかって、いまだに良い対処法を見つけられません。
社会に出たら、こうゆうことって、今よりもっともっと、いっぱいあるはずで。
その時に、どんな自分を構築するのか。
社会人へ向けての、一番の課題のような気がします。

2003年5月9日金曜日

消化不良。

頭から離れなくて、眠れないので、付け足し。

私にとって快く思えないことも、それが相手の意思によっての行為ならば、認めたいと思うし、その自由は尊重してるつもり。
やめて、と言う権限は、私にはないと思うから。
歩み寄ろうとも、排除しようとも思わなくて、ただただ、目をつぶるとゆうか。
けれど、その行為を私にも求められたり、その括りの中に私を取り込もうとするのは、やっぱり理不尽に感じてしまうのです。

私の努力が、足りないのでしょうか?
私が、努力するべきことなのでしょうか?

私は自分でも楽天的というか、出来事にいつまでも執着しない方だと思うのだけど。
それは消化しているのではなく、“考えない自分”を必死で実行してるだけです。

蜘蛛の糸。

すごい久々に、感情的になって、泣いた。

冷めた目をするのは、感情を抑制するということで。
無関心でいることで、冷静になれていたはずで。
固めて、防御して、乗り切れるはずだったのに。
それは相手を気遣っての我慢だったり、自尊心から生じる理性であったり。
私の鎧は、蜘蛛の糸みたいに、見た目はまっすぐで、ぴんと伸びていて。
けれど、直接触れられると、簡単に切れてしまう。
強風にあおられることには、切れずに耐えられるのに。

相手を傷つけるとわかっている言葉を、あえてぶつけて。
最後まで黙っていられたなら、辛いのは私だけのはずで、私が我慢し通せれば、それで丸く収まったのでしょうか?
理不尽なことにも、我慢し通せれば、良かったのでしょうか?

2003年5月8日木曜日

区切り。

暑い一日。
昨日に引き続き、今日も筆記試験。
2限の授業に出てから、駅近くで午前中面接だった友達とランチ。
タイ料理。(量が多くて、ほとんど残してしまった~)
昨日の疲れが残っていたので、今日はパンツスーツ&カットソー。
友達もパンツスーツに、髪はパーマで茶色。
2人並ぶとどう見ても、就活中というより、お昼休み中の美容部員…。
初々しさのない私達でした。
仕方ない。

物事に区切りを、設定しています。
そうでなければ、モヤモヤを解消できないし、すべてが坂を転がっていってしまう。
留まる力も、登る力も、無期限だと辛い。

2003年5月7日水曜日

ハチミツ。

筆記試験とワークショップが、東京国際フォーラムでだったので、終わってから丸ビルへ。
L'abeilleとゆう、ハチミツ専門店に行きたくて。
(でも実は渋谷にもあるらしい・・・なーんだ*)
いくつかテイスティングして、イタリア産のレモンのハチミツを買いました。
リモーネ。
さっぱりしていて、しつこくない甘さ。
これならいくらでも、舐めれそう。
ハードタイプのチーズや、紅茶に合うらしい。
帰りの地下鉄の中で、パンフレットを読みふけりました。
欲しいのが、いっぱい。いっぱい。
今度はもみの木のハチミツを買おう。

1匹のミツバチが、一生かけて集められるハチミツは、ティースプーン1杯だそうで。
私が、ペロっと舐めた一口が、一生分。
なんだか重いなぁ。
でも甘いなぁ。

あ、アーモンドのハチミツも買おうっと。
ハチさん、ありがと。

2003年5月6日火曜日

コンサバティブ。

GWの最終日に、新宿へ行った私がバカでした。
化粧品病は、留まるところを知らず。
ほんとに病気かも。
今月から、化粧品家計簿、つけよっと。

また、最近、批判的な気持ちだとか、温度のズレだとかに、気付いていないふりをしている自分に気付いた。
くだらないことでは、友達に「チャレンジャー」と言われるくらいなのに。
自分で作ってしまった“大事なコト”の囲いのせいで、小心者になってる私がいます。
どこまでも保守的で、でもそれは逃げでしかなくて、でもとことん保守的で。
そう認識している自分、を認めることで、自分を許しているような。
逃げてる自分を擁護しているような。

カラダは1個で、ココロも1個なのに、どうして対象によって、こうも変わってしまうのでしょう。
当たって砕けろ、を実行してしまったら、粉々になってしまうような気がしているのです。
風に吹かれて、舞い散る危険。

2003年5月3日土曜日

180

悶々としている友達の話を聞いて、自分のことのように考えたら、同じく悶々としてしまいました。
誰かのため、だった行為を断ち切るとき、その“誰か”を吹っ切りたい、と思っている時点で、やっぱりその“誰か”から離れられていないわけで。
180°違うところへ行ってみても、そこは同じ水平線上。
どこへ行けば、いいのでしょう。

ほんとに馬鹿げてる、と認識しながらも、そうせずにはいられない。
どうしようもない、とわかっていながらも、どうにかしようとしてしまう。
向かう先は、どこなのでしょう。

パーティ。

��月、5月が誕生日の、友達3人の、バースデイパーティをしました。
仏文の友達で、女7人+男1人。
ちゃんとバースデイ用に予約をしていたので、宴の終盤に、大きくて、花火がパチパチ光っている、チョコレート・パフェが3つ運ばれてきて。
びっくりした顔の3人。
みんなノリノリで、店員さんたちもノリノリで、楽しかった~。
あと何回、みんなで騒げるのだろう。

何に価値観を置くか、とゆうのは大切な問題で。
友達ならばその違いを、受け入れられるのに。

2003年5月2日金曜日

光合成。

新宿御苑の周辺。

散歩道。     深緑。

今日も、天気が良かったので、新宿御苑でランチ。
こないだ来たとき、直後にすごい後悔に襲われて、二度と一人で新宿御苑には来ないでおこう、と思ったんだけど。
やっぱり、好きなモノは、好き。

例えば、聴くたびに、きゅん。となってしまう曲も、そうなるとわかっていながら、聴いてしまうし。
涙でぐしょぐしょになった新宿のサザンテラスも、相変わらずお気に入りの場所だし、その時飲んだスタバのアイスモカ(モカシロ多目)も、やっぱり懲りずに頼んでしまう。
束縛されることが嫌い、と前に書いたけれど、自分の記憶にも、思い出にも、束縛されたくないのです。

食べ終わってから、周囲の散歩道を歩いた。
フェンスの向こうは、変わらない新宿の風景で、フェンスのこっちは、時間の流れがちょっとずれている。
イギリスみたい。
小さな白い犬が、スーパーボールのように跳ねながら近づいてきて、えへへ、と笑いかけてきたので、すかさず写真におさめようとしたのだけど、あまりにぴょんぴょん落ち着かないので撮れなかった。残念。

日光浴、とゆう言葉より、光合成、とゆう言葉のほうがしっくりくる、と思った。
太陽の光を浴びて、O2を作り出すことは私にはできないけれど、同じように、目に見えない物質が、作り出されていたようです。
午後1時前の新宿。

2003年5月1日木曜日

付け足し。

そうそう、昨日「何かをもらうのが好き」と書いたけど。
今日、ゼミの友達が、CDビデオをくれました。
眠れる森の美女の絵に書かれた文字は『睡美人』
・・・睡美人??

台湾版だそうです。
説明書きも全部台湾語で、面白い。
帰ってきてから、さっそくパソコンに入れて見たら、英語でも台湾語でも見れて、しかも台湾語の字幕が。

"little princess!"
-小公主-

って感じ。

また、ステキなモノをもらってしまいました。
嬉しい。

ツツジ。

道端のツツジ。

鮮やかな赤紫と、ピンクと、白。

いつも、私の日記は理解しがたいそうなので、
たまには、普通の日記を書きましょう。

雨上がりの低い空。
20分遅刻した2限を終えて、友達とお昼を食べながら、フランス映画について(正確に言うと、フランス映画のエロチズムについて)熱く盛り上がって。
その後、スーツ姿の友達は会社説明会へ。
私は、図書館へ。

初めて下りた、大学図書館地下一階。
洋書と、洋雑誌が所狭しと並んでいて。
ほんとに“所狭し”で、電動書架だった。
必要な棚の側面にあるボタンを押すと、棚が移動して、スペースができるってやつ。
なんだか、突然、勤勉になったような錯覚に。
教授が書いてくれたメモを手に、卒論に必要な資料をコピー。
ちらりと読んで(見て)みたけれど、意味不明…大丈夫かしら。

大学を出て、ぶらりと周辺を歩いて、近くのカフェへ。
ドア近くの、白いこざっぱりした、2人掛のソファに座って。
読みかけていた、江國香織さんの『夏のひかり』を読んだ。
ぽってりしたグラスに入った、コンレーチェ・グラッセを飲みながら。
甘い乳白色。
おいしかった。

読み終えると、2時間ほど経過していて。
外へ出るとまだ明るかった。
それまで読んでいた世界から、現実になかなか戻れず、とろとろした足取りで、地下鉄の階段を下りて。
地下鉄の乾いた風に、前髪を吹き上げられて。
地元に着いても、まだ空は低くて。
四角く切りそろえられたツツジを見ながら、帰ってきました。

私の日々は、こんな毎日だったりします。
ありきたりな、日記。