2008年11月13日木曜日

アルバム。

先週末、15年来の友達の、2人目のベイビーに会いに行って。
そこで見せてもらった、成長記録のアルバム。
かわいいシールや、心のこもったメッセージの添えられた、写真たち。

それで、ふと思ったのだけれど、
私、自分の生まれた頃のアルバムって、ちゃんと見たことがなかった。

小さい頃には既に「壊れちゃった」だかなんだかで、
かろうじて分解してしまった3ページほどしか、目にしたことがなかった。


ま、歳の離れた3人目ともなると、そんなモンなのかな…


物心ついたときには、そんな風に考えていた。
ずいぶんと、冷めた子供だったと思う。
けしていい加減に育てられたとは思っていないし、
十二分に手をかけてもらったとは思うけれど、
なんだか私が生まれる前に、既に"家族"は出来上がっていたんだ。
漠然とだけれどそう納得していた。

けれど、それに気付かないふりをしていた。
自身の中の思考は、言葉にしてしまうと途端に鮮やかになってしまうから、
ずっとずっと、気付かないふりをしたまま大人になった。

だからきっと、どこかで家族を冷めた目で見ていたんだと思う。
常に一定の距離を保っていた。
傷つかないための、自己防衛。

大人になって日々は過ぎ、
花粉症のように、溜まっていたものが溢れてしまった2年前。
涙と一緒に、母親に投げつけたそれまでの想い。
傷つけてしまった、という後味の悪さだけが残った。
縮まらない距離も、そういうものとして受け入れているつもりでいた。



そして。

つい30分ほど前の出来事。

明後日からの旅行のためスーツケースを降ろしに、久しぶりに屋根裏へ。
スーツケースを降ろしている間に上っていってしまった猫2匹を追い、
再び屋根裏への梯子を上ると、以前より片付けられた一角が目に入った。

いくつもの古びたアルバム。
その一番上に置かれた表紙には、私の生年月日の刺繍。

梯子に突っ立ったまま初めて目にする自分のアルバムを開くと、
1ページ目には、私を内側に秘めていた頃の、お腹の大きい母の写真。
そして「みんなあなたを待っていました」というメッセージ。

バカみたいだけれど、本当にバカだと思うけれど、
今、ようやく、自分がちゃんと愛されていたことに気付きました。
ずいぶん親不孝だったな、私。

明日の朝、母に「ありがとう」って伝えよう。